第30作 ロケ地マップ

神奈川県 鎌倉市

 

夢から覚める寅さん。

どこかの神社の境内の一角。

 

寅さんが昼寝をしていたのは、旅先と思いきや鎌倉市にある白山神社。

この後、柴又へ帰るわけだが、意外と近い場所でふらふらしていた。

 

神奈川県鎌倉市今泉3-13−20

2018年9月訪問

 

 

「ようし、おばあちゃん。東京へ出てった息子さんの出世願ってお祈りするのか?よし、俺が代わりにやってやるからな」

鈴を力いっぱい叩いて落としてしまう寅さん。

 

寅さんが「東京へ出てった」と言っているので、どこかの地方の旅先を思わせる。

しかし、鎌倉だった…。

大分県 別府市

別府・鶴見岳でハンググライダーが飛び、湖岸にランディングする。

湖のほとりのベンチに座っている寅さん。

 

志高湖。

寅さんが座っていたベンチは無かった。

 

訪問したのが夏だったので、本編と違って緑が多かった。左側の湖岸の道が残る。

 

大分県別府市別府4380

2018年8月訪問

 

ハンググライダーの様子を眺めながらパンを食べる寅さん。

 

寅さんのバックに映っていた売店は木々の成長で見えづらくなっていた。

写真で見えている白い建物は公衆トイレ。

 

「寒いのに空飛んで大変だな」

ハンググライダーの人に声をかける寅さん。

 

訪問時は雲が多く、天候が悪かったため、残念ながら鶴見岳には行けなかった。

この天候では、景色も期待できなかったと思う。いつか再訪したい。

大分県 臼杵市

 

石仏が並んでいる。

 

臼杵磨崖仏のホキ石仏第二群。

 

現在は、平安時代後期から彫刻された石仏を保存するため、改築された屋根のある室の中に納められていた。

 

大分県臼杵市深田804−1

2018年7月訪問

 

石仏が並ぶ。

左奥には木々。

 

古園石仏。

 

手前の大きな石仏は大日如来像で、13体が並ぶことから古園十三仏ともいわれる。

 

保存のため室の中に納められ、石仏に近づくことはできないようになっているため、本編アングルと少しずらして撮影した。

 

 

石塔。

その向こう側の道を歩く寅さん。

 

臼杵磨崖仏のそばにある満月寺の脇にある宝篋印塔。日吉塔とも呼ばれる。

 

鎌倉時代後期の作。台座からの総高は4.2mで国内最高の高さを誇る。

 

大分県臼杵市深田

2018年7月訪問

 

バス停に座っている寅さん。

クラクションが鳴ってテキヤ仲間の車が停まる。

 

臼杵川のほとり、502号線にある望月バス停。

 

臼杵磨崖仏のあたりを歩いていた寅さんは、このバス停にやって来た。

 

大分県臼杵市望月

2018年7月訪問

 

車に乗りこむ寅さん。

 

現在も望月バス停はあるのだが、このカットを見てもバス停の位置は変わったようだ。

もっと奥、写真で映っている横断歩道にもう少し近づいたところだと思われる。

 

上の写真はかつてのバス停の位置に近い所で撮影した。

この写真はせっかくバス停があるので、標識のところで撮影した。

 

 

車が走り出す。

 

パンしたカメラが映しているのが坂道になっている農道と何かの石碑。

 

気になって石碑を見に行ってみると、「不欠塚」と書かれていた。

石碑が建てられたのは、なんと1838年だった。

そして、わずかに映りこむこの石碑にも大きな意味があった。

 

【参考】不欠塚

 

この一帯は、江戸時代の中頃まで、大雨のたびに堤防が決壊し、田畑が流されていたという。

この様子をいつも見ていたのが疋田不欠という人だった。

さまざまな調査や研究を重ね、水の流れに従って水勢を和らげるということに気づき、洪水でも崩れない堤防を築くことに成功したという。

この石碑は、天保9年(1838年)、疋田不欠の業績を称え、上望月村の住民が建立した。

 

臼杵・福良天神の祭り。

 

福良天満宮。

福良天満宮の石垣のある鳥居。

 

望月バス停から臼杵の市街地までは車で10分少々。

 

大分県臼杵市福良211

2018年7月訪問

 

 

臼杵の街の風景。

寅さんのバイの声が聞こえる。

 

福良天満宮からの景色。

龍原寺の三重塔や大橋寺などを映す。

 

 

 

 

福良天満宮からの臼杵の街の景色。

 

福良天満宮の石垣、鳥居を上がっていき境内からの風景。

臼杵川、橋などを映す。

 

 

 

鏡のバイをする寅さんの俯瞰。

 

曲がり角のピンク色の看板のあるあたりで寅さんはバイをしていた。

ピンク色の看板はロケ地があったことを紹介するもの。

 

右側が鳥居、福良天満宮の石垣方向。

 

 

「日光、結構、東照宮。憎まれ小僧世に憚る」

バイをする寅さん。

 

寅さんのバックには大橋寺が見える。

大分県 由布市

 

湯平温泉の橋。

白い車が停まる。

 

温泉街を流れる花合野川にかかる明治橋。

 

川沿いの遊歩道からの撮影。

木の成長で見えづらいが、橋の左側に本編に映る旅館・右丸があった。

 

大分県由布市湯布院町湯平794

2018年8月訪問

 

明治橋の俯瞰。

白い車から人が降りてくる。

 

こちらは橋を挟んで反対側の上流から撮影。

 

左側の緑色の建物は、塗り替えられただけでロケ当時のまま。

 

 

 

 

 

白い車を運転していた男(この時点では誰か分からない)が腰を伸ばす。

 

バックに映る新屋本家は、2012年1月、火災によりほぼ全焼してしまったそうだ。

 

 

温泉街を歩く人々。

2人組の女性が郵便ポストのあたりを話しながら歩く。

 

花川堂本舗の前。

 

郵便ポストもほぼ同じ場所にある。

花川堂本舗はロケ当時、薬局としても営業していたようだ。

 

大分県由布市湯布院町湯平338−1

2018年8月訪問

 

2人の女性(螢子と友人)が郵便ポストの前で話している。

白い車の男(三郎)が湯平荘の場所を店の人に聞いている。

 

ちびとらが立っている湯平荘の場所を聞かれた土産店は、残念ながら閉店していた。

 

 

螢子の友人が「決めた。湯平荘よ」という。

 

螢子たちは宿の予約をしていなかったようだ。

右側に映る柵に沿って階段がある(上の写真参照)が、螢子たちはこれを上がっていく。

旅館湯平荘。

三郎、螢子たちが部屋に案内される。

 

現在は右側の白雲荘。

本編同様、郵便配達のバイクが通った。

前の花川堂本舗から三郎が歩いて行った左側にある。この外観は逆方向から映しているので、三郎たちは向こう側の坂の上から下ってきたことになる。左側の建物がロケ当時のまま。

 

大分県由布市湯布院町湯平温泉344

2018年8月訪問

 

【参考】

湯平荘(白雲荘)のシーンはセット。

 

2階の部屋の窓際に三郎が座るシーンがあるが、その際にバックに映る風景は実際に湯平荘の前にある階段を再現している。

 

温泉街を歩いてくる寅さん。

顔なじみのおばさんと話している。

 

白雲荘の2階からのロケ。

 

右側の青い庇の建物は取り壊されて空き地になっていた。

その向こう側の湯の花饅頭のお店の樋の形がロケ当時と同じだった。

 

 

 

湯平荘で三郎の母親の供養を行った翌朝。

火傷した指を農家の庭先に包帯をしてもらっている寅さん。

 

湯平温泉から湯平駅に向かう沿道。

温泉街から湯平駅は歩いていくとかなり距離があり、寅さんは一休みしていた。

 

大分県由布市湯布院町下湯平

2018年8月訪問

 

「よお!姉ちゃん。なんだ、駅行くのか?」

農家の方からお茶などを出してもらっている寅さん。

螢子たちが通りかかり、それに気づく寅さん。

 

道路の向こう側はロケ当時、田んぼだったが、訪問時、民家になっていた。

 

 

「俺も一緒にいくわ。女将さん、ご馳走さん。また来るよ!」

寅さんが腰をあげる。

 

寅さんのバックに映る隣の家は、倉庫がなくなっていたが、窓など造りは変わっていない。

 

 

「駅まで遠いからさ、いつもここに寄って一服してるんだよ。何しろ俺は暇だから」

螢子たちといっしょに歩きだす寅さん。

 

2つ並んでいた倉庫のうち、大根が干してあった左側の倉庫はなくなっていた。

寅さんが今年の出来を聞いていたのは、椎茸だったようだ。

大分県 湯平駅

湯平駅。

ホームで螢子に火傷の傷を手当てしてもらっている寅さん。

 

久大本線の湯平駅。

 

本編はあおり気味のカットになっているが、線路に降りなくてはいけないので別のホームから撮影した。

 

大分県由布市湯布院町下湯平

2018年8月訪問

 

「恋人はいねえのかい?」

螢子に聞く寅さん。

 

寅さんたちが座っていたベンチは現在、ホームの待合室に設置されている。

ちびとらも座らせていただいた。

 

寅さんたちのバックに映る農村風景は木々の成長や待合室ができたことで見えなくなっていた。

 

 

【参考】寅さんと螢子が座ったベンチ

 

住友生命の文字も再現されている。

 

 

「なんだい?その理想っての」

「だめだ。全然、俺当てはまんないや」

恋人の理想について話をする寅さんたち。

 

湯平駅の駅舎は建て替わっている。

待合室の外から撮影した。

 

ところで寅さんは、久大本線に第4作・12年前にもやって来ている。

SLの車内で泥棒に入られた話で乗客たちを笑わせている。

 

【参考】湯平駅 待合室

 

ロケの時の様子が撮影された写真が掲示されていた。

大分県 杵築市

杵築・養徳寺。

三郎が母親の供養をする。

 

左手前に映る石塀はなくなっていたが、多くの墓が残っていた。

このアングルでのピンポイントは新発見(?)。

 

ちびとらの右側に映る一番高く目立っている墓、その右側と左側の墓が一致する。

 

大分県杵築市大字南杵築

南台西368

2018年8月訪問

 

白木の位牌。墓標と塔婆。

 

実はこの墓は正覚寺の敷地。

養徳寺で証言を得た。

 

三郎の母親・ふみの墓の位置は、前のカットで三郎たちがいた場所から見つけることができた。

回りにあった墓も本編に映るものと一致するものがあった。

 

 

三郎と参列する人たち。

 

バックに見えるのは養徳寺の本堂。

 

右手前の墓が本編と一致する。

 

住職や参列者が歩いていく。

 

僅かに残る石塀。

石塀の後ろの建物はなくなって、草がいっぱいの空地になっている。

 

本編に映る住職は、養徳寺の住職だった方だそうだ。

養徳寺でロケ当時のさまざまなお話の証言を聞くことができた。

 

 

参列していた女性が三郎のことを気にして見ている。

墓標の前の三郎。

 

養徳寺の最初のカット、石塀なめのカットより少し墓に近づいて撮影。

 

 

三郎が母・ふみの墓標に手を添えている。

しゃがみ込んで、墓に話しかける。

 

三郎のバックに映る墓、墓地の奥にある家がロケ当時のまま残っている。

三郎が参列者にお礼をいって車に乗って発進する。

手前で農作業する人。

 

養徳寺の境内。

木で隠れているが右が養徳寺の本堂。

 

ちびとらが立っている向こう側の通路に三郎の白い車が停まっていた。

鐘楼はなくなっている。

 

手前の畑は大根畑で農作業していたのは、寺の住みこみの人だったそうだ。

 

養徳寺では、養徳寺のロケ、湯平温泉での供養の秘話などの証言を得ることができた。

くわしくは 「お経!どこかしら?この旅館よ!」 ~養徳寺での調査レポート~ 

千葉県 千葉市

夜、螢子が柴又から自宅へと帰る。

 

千葉県の幕張本郷の住宅街。

 

螢子が上ってきた階段はロケ当時のまま。階段の向こうの周辺の建物は大きく変わり、道路の高架もできた。

発見の手がかりとなった肉の万世は訪問当時、なくなっていた。

 

千葉県千葉市花見川区幕張本郷2-21付近

2015年6月訪問

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更新 第27作ロケ地の旅を更新しました。

寅さんを乗せた連絡船がいく瀬戸内海をアップ

通天閣そばの路地、生駒ケーブル俯瞰などもアップ

第21作~24作ロケ地の旅は後日更新します。

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「男はつらいよ」飛耳長目録

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小手寅の地方ロケ突撃隊 17作のロケ地・龍野に暮らし関西のロケ地を中心に回る寅友・小手寅さんのサイト(※2022年3月末日で閉鎖されました)