第19作 ロケ地マップ

愛媛県 下灘駅

 

寅さんが夢から目覚める駅。

「しもなだ」とプレートがある。

 

予讃線の下灘駅。

青春18きっぷのポスターで有名な駅。

駅の前の海側に夕やけこやけラインが整備開通しロケ当時と風景は変わっている。

 

愛媛県伊予市双海町大久保

2008年8月訪問

愛媛県 松山市

 

柴又で鯉のぼりと野良犬のトラの騒動で旅に出た寅さん。船に乗って港に降り立つ。

 

興居島の泊港。

寅さんは夢から覚めた下灘駅から柴又に帰り、再び愛媛県へやって来たのだ。

本編の停泊している船に「ごごしま」と書いてある。

 

愛媛県松山市泊町744付近

2013年4月訪問

 

 

海と船。祭の音。

 

興居島の海岸線にある厳島神社からの風景。

四国本島・松山や高浜港方向を映す。

 

興居島は松山の高浜港から船で約20分。

ロケ地めぐりで大変なのはこういった離島への旅だ。

 

愛媛県松山市泊町901

2013年4月訪問

 

 

祭の行われている神社。

 

厳島神社。

本編の神社の階段の上の右側にも厳島神社と書かれている。

 

これだけ年月が経っているので当然だが、海岸線の風景はかなり変わっていた。

 

祭。厳島神社に参拝する人たち。

寅さんのバイの声がしている。

 

本編では盛大な祭が行われていたが、訪問時は誰もおらず、ひっそりと静かだった。

 

 

 

厳島神社のロング。

港に停まっている大漁旗を掲げた船。

 

泊港の突端で撮影した。

 

ロケ当時、海岸には大きな倉庫があったが、訪問時は建て替わって、右側に農協の建物があった。

 

愛媛県松山市泊町

2013年4月訪問

愛媛県 大洲市

墓参りを終えた女性が寺から出てくる。

(※この時点では誰なのか分からない…)

 

法華寺。

かなり高台にあるのだが、木々が生い茂って墓の位置の特定、肝心の大洲の街が見えない。

 

再訪して墓の位置の特定など、詳細の調査を行いたいと思っている。

 

愛媛県大洲市西大洲甲2381

2013年4月訪問

 

墓参りをしていた女性が歩いている。

 

おはなはん通り。

NHKの朝ドラ「おはなはん」で知られるようになったそうだ。

 

家々は壁が塗り直されているが構造が同じ。

 

愛媛県大洲市大洲652付近

2013年4月訪問

 

大洲市の俯瞰。

 

冨士山公園頂上展望台からのロケ。

 

訪問時、霧が発生してほとんど何も見えず…。

ロケ地を回っているとこのようなことも良くある。映画制作のように天候の回復を待つこともできず、どうにも仕方のないことだ。

 

愛媛県大洲市田口

2013年4月訪問

 

墓参りをしていた女性が川を見つめている。

 

肱川橋の脇のうかい乗船場付近。

 

肱川橋の向こう側に大洲城跡が見える。

 

愛媛県大洲市大洲

2013年4月訪問

旅館・伊洲屋。

 

先ほどの肱川の河畔からすぐの場所。

 

訪問時、建物の回りに保護ネットがかけらていた。本編では建物の角の部分しか映っていないが、すでに取り壊されてしまったので、建物全景を映した写真を掲載した。

本編で建物の奥に映っているのは肱川の堤防。

 

愛媛県大洲市大洲60付近

2013年4月訪問

 

 

朝の風景。

肱川、うかい船。

 

前日夕方の女性が川を見つめていたポイントとは肱川橋を挟んで逆側(西側)からのロケ。

 

愛媛県大洲市大洲9付近

2008年8月訪問

 

 

 

朝の街角。

自転車が通る。

 

おはなはん通りからほど近い場所。

右側は二葉屋志ぐれ餅店。

 

正面のスピード落とせの看板が貼ってあった家がロケ当時のまま。

 

愛媛県大洲市大洲275

2013年4月訪問

 

 「鮎の塩焼き600円?そんな高いんだったら最初っから言やあいいんだよ。美味くもなんともありゃしない」

ベンチに腰かけて宿の伝票を見る寅さん。

500円札が風で飛んでいってしまう。

 

大洲の眺めを一望できる大洲城の一角。

寅さんが座っていたベンチはなかった。

 

愛媛県大洲市大洲903

2008年8月訪問

 

500円札を追いかけて坂を走って下ってくる寅さん。

 

大洲は初訪問した際にはあまり時間がなく、2度目の訪問時に細かなロケ地を回った。

 

愛媛県大洲市大洲903

2013年4月訪問

「なあ、おじいちゃん。この街の人っていうのは行儀良いね。これはきっと殿様がよっぽどしつけが厳しかったんだよな」

500円札を拾ってくれたお礼にラムネとアンパンをご馳走しておじいちゃんと歩く寅さん。街の人がおじいちゃんに挨拶をする。

 

植木に水をあげていた人の家はマンションになった。

 

愛媛県大洲市大洲888

2013年4月訪問

おじいちゃんと歩いてくる寅さん。

 

大洲城の駐車場前。

 

右側の石碑は陽明学の祖といわれる江戸時代初期の儒学者の中江藤樹先生銅像道。

大洲で少年時代から青年期に暮らし、勉学に励み、門人たちに「大学」を教え、「人の道」を説いたという。

 

愛媛県大洲市大洲877−2

2013年4月訪問

 

「そいじゃ、おじいちゃん。俺、これでな」

おじいちゃんと別れようとする寅さんだが、おじいちゃんに引き留められる。

 

お墓参りをしていた女性も500円札を拾ったおじいちゃんもこの時点では名前も身分も明かされていない。

この2人を繋ぐ物語なのだが、その橋渡し役となれるのは金はなくても2人に温かく接した寅さんだからこそ。

 

 

おじいちゃんが「このような高価なものを頂いた故、そのお返しに粗餐を差し上げたい」といい、「ついてきなさい」と歩き出す。

 

右側に中江藤樹先生の碑。

左側にあった兵頭食堂はなくなっていたが、その奥の建物をはじめ、街並みは変わっていない。

 

 

 

「ご馳走になんのは良いけどよ、おじいちゃんそんなこと一人で決めて後で意地の悪い嫁さんに怒られても知らねえぞ」

おじいちゃんの家に向かいながら話す寅さん。

 

壁の向こう側にある屋敷は旧加藤家主屋。

 

この電柱には「エクソシスト2」のポスターが貼ってあった。

 

愛媛県大洲市大洲848-1

2013年4月訪問

 

「一人暮らしか。それは寂しいな」

「よ、よう、おじいちゃん。どこ行くんだよ」

嫁はいないというおじいちゃんだが屋敷に入っていってしまう。

 

旧加藤家主屋の入口。

 

 

 

「おじいちゃん、やめろよ。人の家入っていったら怒られるぞ」

おじいちゃんが屋敷に入っていくのを止める寅さん。警察官が来たので中に入っていく。

 

本編には映らなかった大洲城の天守閣が見える。天守閣は2004年に復元工事が完成。

 

愛媛県大洲市大洲848-1

2008年8月訪問

 「吉田!ご来客じゃ。ご案内しなさい」といっておじいちゃんが入っていく屋敷の玄関。

執事の吉田が丁寧にお出迎えする。

 

寅さんが上がると、伊予大洲5万石、藩主宗康様から16代目の当主、藤堂久宗様。世が世なら大洲の殿様であることが伝えられる。

 

旧加藤家住宅主屋の玄関の中には、ロケ当時の写真が飾られている。

 

愛媛県大洲市大洲848-1

2008年8月訪問

神奈川県 鎌倉市 大船

 

「さあて東京の皆さん、こんにちは」

寅さんのバイの声がしている。

ホンコングループの看板。

 

大船駅そばの商店街・大船商栄会の一角にロケ当時の看板がそのまま残っていた。回りの電球は取ったようだ。

 

神奈川県鎌倉市大船1-8-7

2012年7月訪問

 

 

「私この度、故有りまして四国の田舎に引っ込むことになりました」

殿様からの頼み事の手紙を受け取り、元気にバイをする寅さん。

 

大船にいるのに、寅さんは「東京の皆さん」と言っているが勘違いしたか…、と思ったのだが…。

寅さんの後ろに水元公園花火大会のポスターが貼ってあり…。

 

「これが東京最後の商売」

完全に殿様の願い事通りになると信じて、バイの口上に使っている寅さん。

 

寅さんがぬいぐるみのバイをしていたのは、みずほ銀行の壁の前だった。

 

東京都 中央区 晴海

 

都営バスが大きな交差点を左折する。

 

晴海埠頭の月島警察署前交差点。

 

ロケ当時から開発により大きく変わり高層ビルも目立つようになった。

手前にある中央区立晴海住宅がそのまま。

 

東京都中央区晴海4-7−25

2011年12月訪問

 

 

都営バスがバス停に停まる。

オロナミンC、ボンカレーの大きな文字。

 

写真でトラックが停まっているあたりが都営バスが停まったバス停だった。

 

オロナミンC、ボンカレーと書かれていたのは大塚倉庫。訪問時、建て替わっていた。

さくらがバスから降りる。

 

大塚倉庫の前にポカリスエットのロゴが入ったトラックが停まっている。

今作の公開は1977年。ポカリスエットの発表、販売開始は1980年なので、ロケ当時はやはりオロナミンC、ボンカレーだったのだ。

写真を見てもらうと分かるが、鞠子の職場には入れないようになっていた。

 

東京都中央区晴海4-7-4付近

2011年12月訪問

日本通運のフォークリフトが走る。

ドーム型の国際見本市会場をバックにさくらが埠頭を歩く。

 

豊洲大橋の晴海側。

2度目の訪問は初訪問から10年後。

国際見本市会場はなくなり、あたりは激変。2020東京オリンピック・パラリンピックの選手村となった。

 

東京都中央区晴海4-9付近

2021年2月訪問

さくらが埠頭であたりを見回している。

 

こちらの写真は初訪問時。まだ埠頭からの撮影ができていた。少しずらして撮影した。

既に豊洲大橋の工事が始まっていた。

さくらのバックは東京湾だが、良く見ると遠くに東京港(海底)トンネルが見える。

レインボーブリッジもできて東京湾の風景も大きく変わった。

 

東京都中央区晴海4-9付近

2011年12月訪問

 

【参考】 晴海大橋から豊洲大橋

 

2度目の訪問(2021年)時には、埠頭は選手村になり立ち入ることができなくなっていた。

また、遊歩道・公園の工事を行っていて、かつての埠頭、さくらが歩いた場所にも行くことができなかった。

 

完成すれば、さくらが歩いた埠頭や鞠子の職場の場所に行くことはできそうだ。

 

さくらと鞠子が晴海埠頭の倉庫街を歩く。

鞠子の職場の外観下部部分が映る。

 

ちびとらの後ろに完成した豊洲大橋を挟んで向こう側が鞠子の職場だったところ。

 

鞠子が職場結婚したであろう年から44年。

かつての職場のあたりの激変、東京オリンピック開催による施設の建設。

 

鞠子さんもびっくりすることだろう…。

愛媛県 大洲市

「おばちゃん、ひどい目にあってんだよ」

「このくそ暑いのに大洲の街で囚われの身だよ」

氷の垂幕がかかっているお店で柴又に電話をしている寅さん。

 

大洲高校前のお店。

現在は民家になっている。

コカ・コーラの自動販売機に名残がある。

 

愛媛県大洲市大洲737

2013年4月訪問

 

吉田が寅さんを探してやって来る。

 

左側の石垣は大洲高校の外壁。

 

実は先に紹介した中江藤樹先生が過ごした屋敷はこの大洲高校の敷地の一角にあったという。

大洲高校は中江藤樹邸址校として、校風に生かしているという。

 

 

 

吉田が「お屋敷にお帰りください」、「お殿様はあなた様がお傍におられると、ことのほかご機嫌麗しく」と寅さんに頼む。

 

大洲高校の校門前の通り。

左側の民家のところにお店があった。

 

 

 

 

 

 

「言っとくけどな、おい。俺はここの殿様の家来じゃねえんだよ」

吉田を制して歩く寅さん。

警察官が寅さんを追いかける。

 

この道の正面が殿様の屋敷だった加藤家主屋。

 

寅さんは屋敷のすぐそばで電話をしていたのだった。

 

What's New

更新 第27作ロケ地の旅を更新しました。

寅さんを乗せた連絡船がいく瀬戸内海をアップ

通天閣そばの路地、生駒ケーブル俯瞰などもアップ

第21作~24作ロケ地の旅は後日更新します。

リンク

ニッポンの魅力を再発見!NIPPON NOW ちびとらが連載をさせていただいている日本の魅力を伝えるサイト

「男はつらいよ」飛耳長目録

関東のロケ地回りの寅友・寅福さんのサイト

 

小手寅の地方ロケ突撃隊 17作のロケ地・龍野に暮らし関西のロケ地を中心に回る寅友・小手寅さんのサイト(※2022年3月末日で閉鎖されました)