坂口兵馬が自殺未遂をした栗原鉄道(現・廃線)。
本編で農家の方が稲作作業をしている手前の田んぼも草でいっぱいだった。
ロケ地保存度☆☆☆☆
宮城県栗原市鶯沢南郷日照
2010年8月訪問
緊急停止した栗原電鉄の車両の奥で左側からヨーロッパ家具の宣伝をする車が走る。
写真は、奥左側の家が少し切れてしまっていることをご了承ください。
ロケ地保存度☆☆☆☆
宮城県栗原市鶯沢南郷日照
2010年8月訪問
栗原電鉄から降りてきた寅さんが「死にっぱぐれちゃったな。またそのうちやればいいや」と兵馬を起こす。
田んぼの向こうに見える工場らしき建物はロケ当時とほぼ同じまま残っていた。
ロケ地保存度☆☆☆☆
宮城県栗原市鶯沢南郷日照
2010年8月訪問
寅さん、兵馬を乗せた栗原電鉄の細倉行きが出発する。右側にはヨーロッパ家具の車。
訪問当時、線路は残っていた。ロケが行われたのは1989年の初夏。その後、くりはら田園鉄道に社名を変更し、2007年に全線廃止。
訪れたのは廃止から3年後。線路が残っていたのは嬉しかった。
ロケ地保存度☆☆☆☆
宮城県栗原市鶯沢南郷日照
2010年8月訪問
既に廃止となっていたが、旧若柳駅にあった栗原電鉄の会社近くに車両が展示されていた。
寅さんと兵馬が泊まった宿。
訪問当時、既に閉館されており、入口は閉鎖されていた。
その後、建物自体が取り壊されてなくなっている。現在は駐車場。
ロケ地保存度☆☆☆☆
宮城県大崎市鳴子温泉新屋敷120付近
2010年8月訪問
宴会の翌朝の風景。
温泉街を歩く温泉客。
左側のローマンも看板が新しくなり、同じ場所にあった。
その手前の建物は空き地になっていた。
ロケ地保存度☆☆☆
宮城県大崎市鳴子温泉新屋敷119付近
2010年8月訪問
寅さんと兵馬が宿を出て歩く道。
寅さんが兵馬に行きたいところを聞く。「ウィーンです」と答えた兵馬だが、寅さんは「湯布院」と勘違いする。
本編に登場する木がそのまま残っていた。
ロケ地保存度☆☆☆☆
宮城県大崎市鳴子温泉新屋敷47付近
2010年8月訪問
寅さんと兵馬が話をしていると、ヨーロッパ家具の車が通りかかる。乗り込む寅さんと兵馬。
鳴子温泉街の入口で奥の細道湯けむりラインのガード下。ガードの向こうの建物はかなり変化していた。
ロケ地保存度☆☆☆
宮城県大崎市鳴子温泉新屋敷47付近
2010年8月訪問
寅さんと兵馬を乗せたヨーロッパ家具の車が鳴子温泉をあとにする。
左側にはふみ寿司がある。
ロケ地保存度☆☆☆☆
宮城県大崎市鳴子温泉新屋敷46付近
2010年8月訪問
祭りの行われている港の俯瞰。
西伊豆の内浦湾の三津港。
寅さんは西伊豆に良く来ており3作品で登場。(16作、24作、41作)
ピンポイントではないが新発見することができた。
西伊豆は富士山が美しく望める。
港に浮かぶちょこんとした島は淡島。
実際にはもう少し左側からズームして撮影されたものだが現在ピンポイントでの撮影は困難。手前にビニールハウスがあるためズームアップも避けた。
ロケ地保存度☆☆☆☆
静岡県沼津市内浦三津
2012年12月訪問
神社の鳥居の間から見える海、船。
三津にある氣多神社。
鳥居から湾までの間の建物も時とともに変わっている。
ロケ地保存度☆☆☆☆
静岡県沼津市内浦三津112
2012年11月訪問
祭り、神輿を担ぐ人々。
境内には出店。
本編で見物者が立っていた右側の建物だが老人憩の家と表札が出ていた。
ロケ地保存度☆☆☆☆
静岡県沼津市内浦三津112
2012年11月訪問
「手に取ってみてやってください。どれをみても正真正銘のバッグです」
バイをする寅さんとポンシュウ。
正真正銘のバッグといわなくてならない代物なのか…。傷心の寅さん、いつも通りの変わり身の早さ。
ロケ地保存度☆☆☆☆☆
静岡県沼津市内浦三津112
2012年11月訪問
バイをする寅さんとポンシュウと屋台の前を通る祭りの参加者。
高まるエンディング曲。
爽快なラストへとつながる寅さんのバイ。
次作から満男シリーズへと突入していく一つの区切りとなる今作で寅さんは海外へ行き、富士山の見えるこの地でバイをしたのだった。
ロケ地保存度☆☆☆☆☆
静岡県沼津市内浦三津112
2012年11月訪問
エンディング。ラストシーン。
富士山を望む湾。
第41作はこのラストシーンが秀逸だ。
防波堤もそのままに残るこのロケ地を2度目の探索で新発見した。
寅さんがバイをしていた氣多神社がある三津ではない。このシーンだけ少し離れた場所でロケが行われた。バイの前の俯瞰でも映る淡島や富士山の見え方も異なる。
同じ内浦湾の長浜城址の近くで撮影された。
ロケ地保存度☆☆☆☆
静岡県沼津市内浦長浜172付近
2012年12月訪問