2021年

11月

16日

岩木山知ってるか?

「岩木山知ってるか?」。

第7作・奮闘篇で花子が柴又の土手で寅さんに聞きます。

 

岩木山は、青森県弘前市、西津軽郡鰺ヶ沢町にある標高1625メートル。青森県の最高峰の山です。

花子はこの岩木山を見て暮らしていました。

 

寅さんから葉書が届き、心配したさくらが青森県を訪れます。

さくらを乗せた五能線は、岩木山に向かってりんごの木の中を走っていきます。

 

このロケ地を訪問したのは2014年の夏の旅です。

事前の探索でおおむねの位置を確認して現地へ到着。

 

りんご園の農家の方が作業をしているところを訪れ、事情を説明して園の中に入らせていただきました。

農家の方は作業を止めて、わざわざ案内してくれました。

 

このロケ地のポイントは3つ。

・岩木山が見える風景

・五能線のカーブ

・りんごの木

 

ここで間違いありません。

 

ただ残念ながら雲が多く、岩木山はうっすらと見えているだけでした。

見えていれば絶景なんでしょうね。

 

第7作は春作品で4月公開。

ロケは2~3月頃に行われたのでしょうか。

本編に映るりんごの木は枝だけですが、ちびとらが訪れたのは夏ということで緑いっぱいの風景でした。

 

そして、カーブに差し掛かる手前には線路脇に標識らしきものが見えます。

 

まさか、りんごの木の切り株ではないと思いますが…。

農家の方もりんごの木をそんな場所に植えることはない、と仰っていました。

 

この標識らしきものはあるのでしょうか?

 

農家の方がいっしょに探してくれました。

 

すると…。

ありました!

草の中にまみれていましたが、ほぼ同じ位置に!

ロケ地は、この場所であることに間違いないので、列車が通過する瞬間を狙って撮影!

 

最後に農家の方にお礼を言って失礼しようとしたところ、なんと、もぎ立てのりんごをお土産にいただきました!

 

とても美味しいりんごでした!

どうもありがとうございました。

 

ということで、今日はこの辺でお開きということで…。

ちびとらはこれからも旅を続けます。

2021年

11月

16日

第6作 寅さんが柴又に電話をしたのは山口県ではなかった!まさかの神奈川県!

第6作・純情篇の冒頭、食堂でテレビ番組を見て故郷・柴又を懐かしみ、寅さんが柴又に電話をします。

 

博「今、どこですか?兄さん」「え?遠いとこ?」

おいちゃん「うそだよ。すぐ近くにいるんだよ」

おばちゃん「そうだよ。駅前あたりじゃないかい?」

博「兄さん、近所にいるんじゃないんですか?」「え?山口県?」

寅さん「これから九州行くところよ」

 

という電話での会話でした。

 

さて、寅さんが電話をしたのは山口県ということですが、この駅はどこなのでしょうか…?

 

これが今回のテーマであり、結論として神奈川県であることが判明し、先日訪問してきたレポートです。そして、前回の記事で書いていたもう1つのロケ地判明というのはこちらのことです。

 

このテーマについてですが、実はちびとらは数年前から探索を続けてきました。

今回、結論を出すに至ったプロセスは3つありました。

 

その1つ。ここに1枚の写真があります。

こちらは「男はつらいよ フーテンの寅さん25年の足跡」という本の中に掲載されていたものです。

 

このシーン、まず写真が古い。つまり初期作品のロケと思われます。しかし、どの作品を見てもこのシーンは出てきません。

しかも夜っぽい。

 

この段階から、第6作の電話のシーンの時に撮られた写真なのではないか?という可能性を探っていました。

 

そして、この写真の注目点。

上の切符の料金表です。

 

社家、厚木 40円

相武台下、下溝、原当麻 80円

このように書かれています。

 

これらの駅は神奈川県の相模川に沿って走る茅ヶ崎駅から橋本駅を結ぶ相模線の駅です。

そして、寅さんがいる駅は、社家、厚木駅に近く、相武台下駅からは遠くなるということです。

さらに社家の下には30円という駅が存在し、下の文字から何となく門沢橋と書かれているようにも見えます。

 

相模線の路線図の一部です。

 

 

相   厚   社   門   倉   宮   寒

武 ~   ー   ー 沢 ー   ー   ー

台   木   家   橋   見   山   川

 

ということは、寅さんの写真が撮られたのは倉見駅、宮山駅や寒川駅があやしい、ということになります。

 

ただ、この時点では、第6作があやしいがそのロケだということまでは確定できない、ということでした。あくまでも写真が撮られた駅ということです。

 

そして、第2の過程は昨年2020年の年明け早々のことです。

ちびとらのサイトをご覧いただいている Hさん という方からメールをいただきました。

 

書かれていたのは、

昭和40年代寒川駅を出たところのキオスクの公衆電話

での寅さんの撮影の情報でした。

 

まさにシーンとしては第6作の電話のシーンそのものですね!

そして寒川駅!

 

第1の過程と情報が完全に一致。

第6作のシーンは寒川駅に間違いないのではないか、このように考えるようになりました。

 

そして、最後の過程。

Hさんのメールから1年9ヶ月。

 

先日の第14作のオープニングで埼玉県ロケがあったことを補強した撮影の高羽さんが使用した台本です。

 

福島県湯川村の湯川たから館で、第6作の台本をチェックしました!

 

そして!

そこには見事に、山口県のある駅前というシーンの上に、高羽さんの手書きで 寒川駅 と書かれていたのです!

 

3つの過程を経て、長年の疑問が完全に解決しました。

 

さあこれで最後に残るは現地訪問!

訪れたのは、11月上旬のとある日です。

左:2021年11月 ちびとら訪問時       右:「寒川町の70年」より

 

右の写真はロケから大分経っていますが基本構図は同じで、駅入り口の脇にキオスクがあり、人が立っているあたりで寅さんが電話していたと思われます。

 

また、下記↓のサイトにはロケ当時のホームの屋根とキオスクの位置関係がはっきりと分かる写真が掲載されています。非常に貴重な写真ですので是非ご覧ください。

My Station Odyssey 2: 寒川駅(相模線)キハ10 (so4338new.blogspot.com)

 

 

さて、冒頭にも書いた電話での会話を思い出してみてください。

 

「兄さん、近所にいるんじゃないんですか?」  近所ではないが、山口県ほど遠くはなかった!

「これから九州行くところよ」 → 寅さんは神奈川県から長崎へ行った!

 

いうことになりました・・・。

 

山口県で電話のシーンだけを撮るわけにいかず、大船撮影所から近い神奈川県寒川駅での撮影となったのでしょう。

 

寒川駅訪問時には、駅近くにあるコムロデンキさんでお話を伺いました。寒川駅北口商店会さんにありました。

 

駅のホームに寅さんのバックに映る屋根があったこと、駅入り口にキオスクがあったことなど記憶されていました。

貴重なお話、ありがとうございました!

 

そして、情報をメールでお寄せいただいたHさん、ありがとうございました!

 

それでは今日はこの辺でお開きということで…。

引き続き、ちびとらは旅を続けます。

2021年

11月

12日

高羽哲夫の軌跡~湯川たから館~                      そして高羽アングルでの埼玉ロケ地

さて前回の記事では、「男はつらいよ」に埼玉県でのロケがあった、というこれまでの定説を覆す発見について紹介しました。

そのロケ地が埼玉県秩父市の美の山公園であること、その補強材料を得た場所が福島県湯川村にある高羽哲夫さんの資料館だったことを書きました。

 

湯川村への訪問をお誘いいただいたのは寅友の寅福さん。

寅福さんはある作品のあるロケ地を探しており、資料館に展示してある「男はつらいよ」の撮影を務めた高羽さんが使用した台本を閲覧することを目的とされていました。

 

そのお誘いに私は二つ返事でOKしました。

なぜなら、私にも大きく2つの目的があったからです。

 

それがこの第14作のオープニングのロケ地について何かヒントはないのかということ。

そしてもう1つが別の作品のあるシーンについて、数年前から探索を続けており、そちらも何か台本に書かれてはいないのか見てみたいということでした。

10月中旬のある日、湯川村へと向かいました。もう1人、彰さんも同行されました。こういう場合、運転は私の仕事です。途中、雨も降りましたが、お昼前に無事、湯川たから館に到着。

 

湯川たから館には「高羽哲夫の軌跡」と立派な看板が立っています。

 

事前に寅福さんが台本の閲覧をさせていただく旨、許可を得ていたので、館の職員の方に歓迎していただけました。

 

そして初めて資料館に足を踏み入れました。

入口はこんな感じです。

 

湯川村の出身、高羽さんの功績がいっぱい詰まっていそうです。

 

館内には高羽さんの写真、ロケの様子などの写真がたくさん飾られています。

 

ロケ地を回ると高羽さんのカメラがどこから撮影したのか探して、それを私たちは高羽アングルと言わせていただいています。

 

その高羽さんがカメラの脇で指示をしたり、カメラを覗いたりしている写真の数々…。

それらを見るだけでも楽しい時間です。

高羽さんが使用された台本もずらりと並んでいます。

 

それではいよいよ台本の閲覧です。

お昼過ぎから閉館前までの4時間ほど、あっという間に時間が経っていきます。

 

ロケ地の記載やヒントが書かれていないのかチェックするのですが、どうしてもいろいろと台本の脇に書かれたメモだったり、撮影のサイズやパンなどのメモに目が行ってしまい中々はかどらないのです。

面白くて本来の目的を忘れてしまいそうになってしまいました。

 

閉館が近づき、いよいよ今回の目的の第14作の台本を手にしました。

いきなり本編最初のシーンの部分ですからね。

開けるのがドキドキです。

「あっ!!!」

と思わず声をあげてしまいました。

 

そして「良かった!やっぱり推理は合ってたんだ~」と発してしまいました。

 

そう。高羽さんの台本の1ページ目にしっかりと書かれていたのです。

実写(秩父美の山)

 

その声に何か発見したのだろうと思ったのでしょう。寅福さん、彰さんが近づいてきました。

 

そして、私が個人的に数年かけて作成してきたロケ地の資料データを見せました。そこに埼玉県秩父市と書いてある箇所を見せ、高羽さんの台本も見ていただきました。

 

長きにわたって、埼玉県ではロケが無かった!というのが定説となっていた中、お2人は沈黙…。

言葉を失うというのはこういうことなのでしょうか。

 

最後の最後に大発見をして私たちは湯川たから館を後にしたのです。

 

帰りの車の中。

お2人の会話は95%、この話題でした。

残りの5%は交通費の精算。

 

私はというと…。

初訪問のロケ地に降り立った時の最初の感動や興奮を大事にしたいという個人的な思いがあり、お2人の会話やスマホを使って秩父美の山の画像検索に極力加わらないようにし、安全運転に集中していたことは言うまでもありません。

 

そして、数日後…。

埼玉県秩父市美の山公園を訪れ、雲海は発生する秩父の山々の撮影に成功。

(サイトのTOPページに貼ってあります)

その後、夕暮れ時の撮影、そして3回目には「高羽アングル」での雲海撮影に成功しました。

 

ありがとうございます。高羽哲夫さん。

  

追伸…。

 

もう1つの目的だった別の作品のあるシーンについても台本にしっかりと記載がありました。

私のサイトを見た方からの情報提供、その後も私は探索を続け情報提供いただいた場所に間違いないとは思っていたのですが、この未発見だったロケ地がその場所であることが補強され確定することができました。

こちらについては近日中に報告させていただきます。

2021年

10月

25日

埼玉県でロケがあった!

結論から申し上げます。

なんと、埼玉県で「男はつらいよ」のロケが行われていました!

 

これまで、

・寅さんが行っていない県は3つある

・「男はつらいよ」のロケは、高知県、富山県、埼玉県の3つの県では行われていない

とされてきました。

 

その定説が変わるロケ地の発見です。

この画像を見て、どのシーンかすぐ分かる方は多くはいないと思います。

実は、この山々、雲海、雲海の下にある街が埼玉県なのです。

 

こちらが映る作品とは…。

それは、第14作「男はつらいよ 寅次郎子守唄」です。

 

そして、そのシーンとは…。

松竹映画の文字が消えて、本編が始まってすぐ。

「昔、ある村にな。とても働きものの夫婦がおった。正直者で人には親切で村じゅうで…」のナレーション(昔話風)で始まる寅さんの夢の中のシーンです。

 

本編の映像では、日の出前の山々の稜線、シルエット、そしてその山々の下には雲海が発生しています。

 

このシーンが撮影されたのは、埼玉県秩父市の美の山公園です。

このシーン、ワンカットのためだけに、埼玉県でロケが行われたのです。

 

この後、夢から覚めた寅さんが旅をするのは群馬県の妙義山一帯。

寅さんが山門でザクロを食べるシーンが撮影されたお寺を発見するなど、何度も訪問してきました。

そして、夢のシーンの雲海が発生した山々も山の形などがゴツゴツしているので、てっきり同じ群馬県の妙義山のあたりかなと思っていました。

 

そのロケ地が埼玉県秩父市のこの地であるとおおむね分かったのが去年の夏のこと。

 

ただこの間、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言などが発出されており、現地への調査、訪問ができない状況が続きました。

この定説を覆す発見は、衝撃的な事実で長年、多くの方々が発言されてきたことを否定することにもなり、確かなことが分かるまでは発表することを控えてきました。

違っていた時の事も考えると寅友の皆さんにも言うことができません。

 

しかし今回、現地への調査、訪問を行い、ついに確証、確定することができました。

 

写真は、新型コロナウィルスの緊急事態宣言が解除されていた10月18日、雲海の発生を狙って早朝5時30分過ぎから撮影したものです。

 

撮影したのは、美の山公園の山頂展望台からです。

 

雲海と秩父の山々を撮影する有数の撮影スポットで知られるこの場所で、多くの写真愛好家、雲海の撮影をしている方々に混ざって、「男はつらいよ」のロケ地を撮影してきました。

 

そしてこの写真は、後日、本編アングル、高羽アングル、撮影のピンポイントで撮ったものです。

夕暮れの時間帯を狙って撮影しました。

撮影したのは、黒谷の展望所。

 

雲海は発生していませんが、これはこれで素晴らしい風景でした。

高羽アングル、撮影ピンポイントでの雲海発生時の撮影も可能であれば行きたいと思っています。

 

 

本編のパンが始まるところで映る横に広がる山、それは両神山(りょうかみさん)。

 

 

 

 

 

そしてパン途中に映る特徴的な山、それは二子山(ふたごやま)。

 

2つの山があるのは、埼玉県秩父。

 

実はこの2つの山、その見え方が埼玉県、秩父の美の山公園での撮影だということを発見するに至ったきっかけでした。

 

2つの山がこのように見えるのは埼玉県方向からしかない!と確信したのです。

 

しかしながら埼玉県ではロケはなかった、という定説があることから、確証を得るためにさらなる調査が必要でした。

そこに入ってきたのが雲海は埼玉県秩父市で発生するという情報。

いろいろ調べた結果、この美の山公園にたどり着いたのです。

 

緊急事態宣言も解除され、雲海が発生する10月~11月の期間、現地への調査、訪問を行おうとしていた最中、偶然にも寅友の方からのお誘いで、「ある場所」へ行くことになったのです。

もちろん一緒に行った寅友の方々は、私が心に留めていたこの埼玉県ロケ地の話は知りません。

たまたま偶然、時期が重なっただけです。

 

その訪れた「ある場所」で、このシーンが埼玉県秩父の美の山公園での撮影であるという一つの補強材料を得ることができたのです!

 

「ある場所」とは…。

 

会津磐梯山を望む福島県湯川村の湯川たから館。

「男はつらいよ」の撮影を務めた高羽哲夫さんの資料館です。

 

(近日アップの高羽哲夫の軌跡~湯川たから館~ に続く…)

2021年

2月

01日

新発見!京子の家(第14作) 2020年6月

 第14作「寅次郎子守唄」のマドンナは木谷京子さん。

 「飴振って痔固まる」(雨降って地固まる)ととらやの茶の間でギャグを言った人であります。

 

 今回の記事では、京子さんが暮らした街、そして京子さんの家について紹介します。

 この新発見は、去年の6月に調査しました。

 

 病院で看護師を務める京子さん。夜勤明けにわざわざとらやへ赤ちゃんの様子を見に来ました。その後、京子さんが自宅への帰るシーンが登場します。

まず京子さんは京成本線の江戸川駅を降りてきます。まさに江戸川の川沿いにある駅です。

 

京子さんは柴又駅で電車に乗り、高砂駅で乗り換えて江戸川駅へ行ったことでしょう。

柴又から江戸川駅までは約3キロ余りなので、時間があれば江戸川の土手をのんびり散歩しながら歩けば1時間弱で着きます。

 

しかしこの日の京子さんは「眠くて眠くて」と言っていたので電車で家に帰りました。居眠りして乗り過ごさないで良かったですね。

 

 

※現在の江戸川駅に降り立ったちびとら(2020年6月撮影)

 

 京子さんは駅を出て、左手へ歩いていきます。

 

 さて、今回の記事の最大のテーマは、京子さんの家はどこなのか?です。

 

 ヒントは、江戸川駅の近く。(ヒント①)

 

 そして、京子さんはアパートの階段を上がって部屋に入ろうとします。

 (※)この時、アパートの裏の風景、近所の家並みが映ります。(ヒント②)

 

 すると、隣の方から荷物が届いていることを聞かされます。ご実家の山形県米沢市のお母様からのりんごなどの贈り物でした。

 (※)この時、荷物を部屋に運び入れる時に江戸川の土手が映ります。(ヒント③)

 

 最大のヒントとなったのは、②のアパートの裏の家並みの風景です。

 

(本編キャプチャをサイト内に貼り付けることは本来、していないのですが、今回は諸事情により、貼らせていただきました。諸事情は下記に記します。)

 京子さんのアパートから見て、左側に手前から黒い小さな屋根、大きい青い屋根が縦に並び、その右側に手前から赤い屋根、青い屋根が横向きに、その向こうに黒い屋根が縦向きにあります。

 

 これらのヒントを基に、ロケ当時に近い年代の航空写真で検証してみました。

 

 水色の四角が江戸川駅です。

 この付近で、かつ江戸川の土手付近を探してみたところ、赤丸の部分にまさにその家並みが確認できました。

 緑色の矢印が撮影方向です。

 

 ということで、矢印の下の白い大きな屋根が京子さんのアパートだということが判明しました!

 

 さらに、京子さんがアパートの階段を上がってくる来るカット、パンしているので分かりづらいですが、一瞬曲がり角が映ります。それが黄色の曲がり角です。

 そして、土手の脇に映る道でもあります。

 

こちらが現在のマンションの外観です。

 

外から見てみると、京子さんが上がっていったのと同じ向き、同じ雰囲気で階段がありました!

 

 

 

こちらのマンションですが、当然のことですが、現在、ここで暮らしている方がいらっしゃいます。マンション内に立ち入ることは許可なくできません。

ロケ地を回る際には、そこに暮らす人たち、生活する人たちの妨げをしないよう配慮が必要です。

 

あくまで趣味で回っている私たちは、ロケ地に伺わせていただいている、撮影させていただいているという精神を心がけるようにしています。

 

 さて話を戻します。

 検証のために京子さんが荷物を運ぶ時に映る江戸川側の風景を見てみましょう。

 江戸川の向こう側に大きなマンションが映ります。

 下の写真が京子さんのマンション側から同じ角度で写した写真です。

 さらにダメ押しで!

 京子さんのアパートの裏に見えていた赤い屋根の家が同じ位置に現存していました!

 木谷京子さんのアパートに届いたお母様のお荷物ですが、今回の新発見により、お母様は住所を書き間違えたことが判明しました!

 あれだけ離れていて良く無事に荷物が届いたものですね!